環境報告書賞 サステナビリティ報告書賞

秋山をね(インテグレックス代表取締役社長)

 サステナビリティ報告書で、多くの企業が、「CSRは経営そのもの」というトップメッセージを発信してきました。本年の報告書では、メッセージの発信にとどまらず、経営目標・経営計画の中に、CSRの課題を具体的に位置づけ、事業の中で、自社の社会責任を果たし、そのプロセスと成果を報告しようとするものが目を引きました。
 「CSR=経営」のひとつの表れでもあるアニュアルレポートとの統合レポートを見ても、事業報告の中にCSRの活動報告が挟み込まれているだけではなく、経営方針、トップメッセージ、特集、事業報告のすべてにCSRの理念が貫かれ、まさに「経営=CSR」を感じる「融合」レポートが印象的でした。
 今後は、企業経営の情報開示において、「株主最適」から「社会最適」へ、開示しなければならないという「Responsibility」から、自ら社会に開示するという「Respect」への動きが、さらに強まるものと考えます。

足達英一郎(日本総合研究所主席研究員 ESGリサーチセンター長)

 今年、アニュアルレポートにCSR活動などの非財務情報を取り入れた統合レポートが最優秀賞に選定されたことは、象徴的な意味を持っているといえよう。「経済的責任」と「社会的責任」が企業活動の両輪であるという考え方が、前者は後者の一部分であるという考え方より馴染みやすいというのは、特に経営者、従業員、株主にとって真実であろう。そのことを徹底的に詰めていくと、ここまで企業の全体像を浮き彫りにする完成度の高いアニュアルレポートが出来上がるということを実証していただいた。折りしも、昨年には「国際統合レポーティング協議会/International Integrated Reporting Committee(IIRC)」が創設されたり、欧州委員会(域内市場・サービス総局)が非財務情報開示を改善する方法に関してコンサルテーションを開始したりした。CSR報告は、確実に新たなエポックに入っていくことを予感させる。

上妻義直(上智大学経済学部教授)

 ここ数年、先進的企業の開示実務に革新的な創意工夫が見られるようになってきた。この傾向は今年も不変で、応募各社の報告書は全体的に品質が向上し、ますます個性化の方向性を強めている。その中で今年もっとも印象に残ったことは労働情報の充実である。とくに、労働力構成や地域的分布に関する情報を拡充する企業が増加して、これまでほとんど開示されなかった離職率が冊子版報告書にも散見されるようになった。また、環境・社会・経済情報の量的・質的バランスにすぐれた報告書が多くなり、経済情報として付加価値分配に言及する企業も微増した。しかし、詳細情報を大量にWEB開示する傾向には再考の余地があるように思う。情報の分散化は読者に検索負担を強いるだけで、情報機器に疎い読者を切り捨てる結果にもなりかねないからである。冊子版でも一定範囲のKPI等がわかるように、開示メディアごとの完結性や一覧性にも何らかの配慮が必要ではないだろうか。

國部克彦(神戸大学大学院経営学研究科教授/グリーンリポーティングフォーラム代表)

 サステナビリティ報告書の世界で、一番の話題は、統合レポーティング(integrated reporting)である。チャールズ皇太子が主宰するAccounting for Sustainability(A4S)とGRIが共同して、フレームワークをまとめて、次回のG20で発表する準備を進めている。統合レポーティングは企業の年次報告書の中に社会・環境活動に関する主要業績指標(KPI)を開示する報告のことを指す。このような動向はヨーロッパで普及しつつあり、最近では日本企業でもそのような報告書を作成する企業が現れている。今回の最優秀賞の武田薬品工業もそのひとつである。しかし、欧米企業と日本企業には大きな違いがあり、それは、欧米企業は法定開示書類としての年次報告書へのサステナビリティ情報の開示なのに対して、日本企業の場合は、任意開示書類としての「アニュアルレポート」での開示となっていることである。しかし、日本の法制度の改正を待っていては、世界の潮流に乗り遅れることは必至で、「アニュアルレポート」の実質的な開示書類化を追求することが、今後の課題であると思われる。

後藤敏彦(サステナビリティ日本フォーラム代表理事)

 従来パターンで完成度の高まったもの、新しい工夫を凝らしたもの、中堅企業ががんばりだしたもの、などなど持続可能性報告書もバラエティに富みだした。これはCSRを取り巻く社会の環境の大きな変化を表しているものと思う。
 CSRに関して、最も大きな動きは2010年11月のISO26000:SRの発行であろう。この動きの影響を受けた報告書はまだ極めて限られているが、次年度以降は大きな影響を与えるものと思う。
 報告書は、これまでの取り組みと今後の方向性を記載するものであるが、ISO26000の発行により取り組み範囲や、取り組み主体を劇的に変えていく必要がある。日本企業全般としては感度が鈍いように感じているが、これからはこの感度の良し悪しで差がついてくるものと思う。

佐藤 泉(弁護士)

 CSR報告書は、現在起こっている多様な社会現象を反映する鏡のようなものだと思う。今年受賞した複数の報告書は、海外の事業所における雇用状態、労災、ストライキなどをとりあげ、その背景、会社としての対応、今後への課題と目標などを記載している。日本の経済や雇用の将来については一般的には悲観的な見方が多い。しかし、CSR報告書は、企業がいかに人や地域社会を基本として活動をしていくかという模索を示しており、それを定性的、定量的に示す具体例となっている。特に今年の報告書は、従来よりも一歩踏み込んだ内容が多く、読み手にとって企業を知るだけではなく、社会を知り、また将来の展望を考える情報となっていると感じた。WEB版に多くの情報をのせて、本体の報告書にストーリー性を持たせる編集方針のものもあったが、個人的には本体の報告書で、基本的な数値情報の明示とPDCAが明確な方が読みやすいと思う。また、情報としては豊富であるものの、取り組み状況の自己評価がやや甘いのではないかという報告書も散見された。

水尾順一(駿河台大学経済学部教授/日本経営倫理学会常務理事)

 第14回は2010年11月にISO26000が発行されて、記念すべき最初のサステナビリティ報告書賞の審査となる。また近年の動向として、ホールディングスとしての取り組み開示や、WEBとの棲み分け、ESG情報を踏まえたアニュアルレポートとの一体化など新しい動きも出ている。
 そのような背景を考慮し、今回の審査に当たっては以下の5点を重視した。(1)組織としての理念が明確で、それに基づきCSR活動の体系が明示されていること。(2)将来を見据えたCSRの長期ビジョンがあること。(3)CSRのマネジメントサイクルとしてのPDCAが明確であること。(4)重要性に基づき開示され、冊子版とWEB版の棲み分けが明確であること。(5)マルチ・ステークホルダーの意見が反映されていること。今後のサスティナビリティ報告書でもこれらの5点は押さえておきたい。
 なお、CSRの領域の面からは、現在日本企業に求められている人権と労働は今後の重点項目として取り組みが期待される所であり、またその長期目標と時系列な経年変化の開示も望まれるところである。

緑川芳樹(バルディーズ研究会共同議長)

 私の今年の評価基準は、環境、製品・サービス責任、労働の3分野のバランスが取れていることです。従来は労働分野のパフォーマンス情報が乏しく、この基準から推奨できる報告書はごくごく僅かでした。2010年版では一定水準のものがある程度揃うようになりましたが、この点から特に取り上げたい事例があります。住友金属鉱山株式会社「CSR報告書2010」です。全体としてレベルが高く、GRIガイドライン・アプリケーションレベルA+には敬意を表しますが、労働分野「従業員との関わり」についてほとんどの項目で海外を含む全体像を評価できる情報開示をしているのは特筆に値します。海外事業所の現地幹部登用の地域別一覧からは現地化の状況もわかります。さらに「社会との関わり」の項では、多くの報告書が社会貢献活動中心の記載ですが、事業の地域社会への影響やコミュニケーションなど事業関連情報を主体とした記述には納得がいきます。もう1社から1点、住友信託銀行「2010CSRレポート」の男女別平均給与月額の推移を示す表も、GRIガイドラインに指標があるものの、他社は未報告であり、強く印象に残る報告です。

野津 滋(東洋経済新報社)

  CSRレポートは「3.0」の段階に入ったといえる(「2.0」はESG情報開示が始まった2006年以降)。ISO26000への対応であり、今回の受賞企業にも見られたアニュアルレポート+CSRレポートの「統合レポーティング」がその例だ。ただ、そこで何に力点を置くかは企業の経営理念に大きくかかわってくる。言い方を変えれば、「3.0」によってこれまで以上に経営とCSRの一体化が求められてくる。
 ISO26000は欧米仕様であるため、日本企業の実情には合わないととまどう企業もあるだろう。しかし、これをベースにしながらも、日本の企業風土や経済環境に対応すべく翻訳し、その中でいかに実効ある問題解決につなげていくか、各企業の知恵がためされる。ぜひ自由な発想で創造性の高い報告書作りに挑戦してほしい。