伊藤博文 知の政治家 瀧井一博著 〜一国のトップとは何かを考えさせる - 10/07/26 | 08:00


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評者 野中尚人 学習院大学法学部教授

 伊藤博文の名前を知らない日本人はほとんどいないだろう。明治天皇の信頼厚き元老の筆頭格にして初代総理大臣、明治憲法制定と議会開設の中心人物、韓国併合後の初代統監。近代日本を立憲国家として一本立ちさせた立役者である。千円札の顔として長く親しまれたことも故のないことではない。

 しかし、この輝かしいほどの知名度に比して、アカデミズムの世界では「哲学なき政略家」と見なされてきた。

 これに対して著者は、一段高いレベルで伊藤の「哲学性」を析出させようとする。一見すると融通無碍で信念のない伊藤の政治活動を、「文明」「立憲国家」「国民政治」という三つの視角から大きく再構成し、筋を通そうというのである。

 また伊藤の哲学について、漸進的な秩序観、実学としての「知」とそれを支える「官学」のシステム、といった特徴があると指摘する。この点で、いわゆる民権運動家や福沢諭吉らとの違いが意識されている。

 本書は、改めてさまざまな興味をかき立ててくれる。伊藤が元老の立場を離れ、自ら立憲政友会を結成して政党政治を主導したことはどういう意味を持っていたのか。今年で100年を迎える韓国併合において伊藤が果たした役割はどう理解すべきなのか。軍部を抑えて首相・内閣への求心力を強化しようとした1907年の国政改革は、なぜ失敗してしまったのか。

 国のかたちを造るということはどういうことなのか。伊藤の政治行動には、私心のなさに支えられた決意のようなものが一貫している。さまざまな妥協や方針転換さえも、国家建設という大戦略の中で生かされているように見えるのはそのためではないか。一国のトップとは何かを考えさせてくれる力作である。

たきい・かずひろ
国際日本文化研究センター准教授、総合研究大学院大学准教授。1967年福岡県生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程修了。京都大学人文科学研究所助手、神戸商科大学助教授、兵庫県立大学経営学部助教授、同大学経営学部教授を経る。

中公新書 987円 376ページ

  
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