パート4「数学は言葉」(第7回)言葉としての数学は何を語るのか(物理編)(1) - 06/11/21 | 09:00
桜井進
「数学は神が宇宙を書くためのアルファベットである」”La Matematica ? l’alfabeto nel quale Dio ha scritto l’universo.”とはかのガリレオ・ガリレイの言葉です。物理学は自然言語以外に人工言語として唯一、数学を採用してきました。今回は20世紀初頭につくられた「量子力学」を例に数学の役割、存在意義を眺めてみます。
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このシュレーディンガーの波動方程式に登場するψ(プサイ)の数学的意味は複素関数であると前回第6回の最後に述べました。オイラーの公式を土台にシュレーディンガーの波動方程式がつくられたのでした。では複素関数Ψ(プサイ)の物理的意味とは何なのでしょうか。「実在」を表すのです。物質は原子から成り、原子は電子、陽子そして中性子から成っています。この言説には物質は目に見える「粒子」的存在であることを大前提にしています。電子も「粒子」的存在であるのだと。その仮説が20世紀初めの多くの実験によりゆらぎ始めたのです。物理学者は頭を抱え悩みます。手に触ることができる物質の最小構成要素〜電子〜も手に触ることができる「粒子」ではないのか。実験データは電子は「波動」的性質を示したのです。一つの対象が「粒子」であり「波動」でもある。これは矛盾しているとしか考えられない。しかし、実験がそう示している以上この理解しがたい状況を合理的理屈をつけて突破しなければならない。はたして、ボーア、シュレディンガー、プランク、ハイゼンベルク、ディラック、ド・ブロイ、アインシュタインといった第一級の物理学者が出した結論は「電子は粒子でもあり、波動でもある量子である」だったのです。量子である電子がる場所、ある時間に存在する確率を与えるのがΨ(プサイ)なのです。存在(実在)の根源にせまる理論が量子力学なのです。
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