高橋亀吉記念賞

優秀作

長山 浩章 氏 (京都大学国際交流推進機構教授 )
「日本型電力事業再編の提案」

1.はじめに ― 政府は経済成長のために何ができるか

 2011年3月11日に発生した東日本大震災に起因する原子力発電所の事故により、これまでの10電力体制が敷かれ、電力供給事業が電力会社ごとの地域独占であることによる種々の課題が表面化した。これまで、電力は電力会社ごとのエリアで地域的には需給がバランスしていたが、今回のような事故が起きると非常時の東京電力管内での電力供給不足に対し、連系線や周波数変換所の容量不足により地域間での電力融通に問題が生じている。つまり地域の電力会社単位で設備形成がなされてきたことによる問題、さらには再生可能エネルギーや、企業の自家発電による電力を有効に取り入れる体制として、地域別の垂直統合の電力会社による供給体制でよいのか、という疑問がでている。これとともに、政府案である原子力損害賠償支援機構を軸とする東京電力の損害賠償支援スキームにより既存の電力事業体制を続けていくことは今後の、東京電力をはじめとする日本電力企業がこれまで進めてきた海外事業に遅れを生じさせる可能性がある。

 現在の日本の電力セクター構造改革が目指しているのは皮肉なことではあるが、2001年に破綻したエンロンが同年5月に日本の電力市場制度改革について提案した発・送・電分離、既存の電力会社と新規参入者双方への送電系統への差別のないアクセスを認めること、全国的な電力プール市場の設立、小売市場の自由化(自由化対策需要家数を100%)、独立した電力規制機関の設立等をなぞるものとなっている。当時は外からの外圧、いわばこの「黒船」の脅威に直面したが、今回は福島原発という自国発の理由により、同じ方向に向かわざるをえなくなってきている。

  本稿はこうした現状を受け、日本の発送配電分離にかかわる日本型の電力産業再編のありかたについての展望を行うものである。

2.世界における電力構造改革の潮流

 1982年の南米チリにおける電力自由化以降、世界各国において様々な理由により電力事業の自由化、民営化が進められてきている。英国においては独占的な国有企業の民営化にあわせ、発送配電を分離し、発電、小売部分に競争を導入することがあった。米国や、ドイツ等では、競争導入を通じて電力料金を引き下げることで、産業界全体の競争力を強化することがあった。また欧州では市場を通じて、透明性の高い価格指標を構築することもあった。他方で、フィリピン、ベトナムなどのアジア発展途上国や、中南米においては、コスト構造の透明化だけでなく、巨額の財政負債をもつ公益電力事業体の効率化や、需要拡大にあわせて、外国からの資本、技術の導入を目指すものであった。90年代における電力自由化に関する議論では市場で有効な競争を確保することが強調されていたが、2000年−2001年のカリフォルニアの電力危機、米国北東部で起きた電力危機、エンロンの崩壊等以降、この認識に疑問符がつけられている。このため、これまで行われてきた電力自由化の方向を軌道修正する動きが出てきた。アジアや中南米においては、タイ、マレーシア、アルゼンチン、チリ、ブラジルに見られるように自由化や国際連系推進よりもまず自国における安定供給の確保の方向に動いている。ブラジルでは長期契約を重視、タイ、インドネシアではプール制の導入を断念している。アルゼンチンもこれまで英国、チリ等で得た教訓を十分にその改革に反映し、最も成功した電力セクターモデルを成功したとされてきたが2001年の経済危機を受け自由競争の枠を継続しつつも、投資促進を考慮に入れた新しい姿を模索しつつある。フィリピン政府は電力セクターの構造改革と競争原理の導入をはかり、2001年6月8日、電力セクター改革法(EPIRA:Electric Power Industry Reform Act)案が成立した。しかしながら EPIRAによる民営化スケジュールが早すぎることに対応できず、結果的に投資の停滞及び電力価格低下の失敗を招いている。先進国を含めて、電力セクター自由化の成果は2011年現時点において、明確な形で現れているわけではない。例えば、欧州では近年の原油、ガス価格高騰、排出権価格の発電コストへの上乗せ、再生可能エネルギーへの支援の要因もあり、2002年以降は電力料金の価格が上昇している。

  このように世界の電力セクター構造改革は良い意味でも悪い意味でも互いに影響を与えあい、それぞれの国独自の電力構造改革を行っている。日本においても世界における先行事例から広くその教訓を学び、今後の制度設計に活かすべきである。

3. 電力構造改革での論点

 現在の日本では今後の電力体制として、1)発送電分離、2)地域分割をやめる、3)全面小売自由化の3点が主な論点になっている。

3.1 発送電分離は行うべきか?
 発送電分離を行う最大のメリットは発送配電の事業コストを明確にできることにある。電力料金のアンバンドリング化もあわせて導入すればコスト構造でより透明性を出すことができる。

  再生可能エネルギーの導入でも、接続申し込みの時点での公平性を制度的に担保できるため、現状の体制のまま再生可能エネルギーへの優先給電ルールを順守するよりもよいだろう。また発・送・配電が分離されれば、発・送・配電事業者は、原発や公共性からの事業リスクを考慮することなく、それぞれの事業体のリスクプロファイルに見合った海外投資を行うことができるようになる。

  反対にデメリットは発電と送電の投資主体が異なるので、両者の整合的な投資により投資コストを最小化することは難しいこと、発電事業者等の市場参入が自由になり、送電系統における複雑性が増大していること等が問題である。このため信頼度の確保や、系統事故時、復旧時に情報交流などで問題が生じる可能性がある。また、規模や範囲の経済性を失うことで事業体のファイナンスも不利になるかもしれない。特に再生可能エネルギーを考慮した送電線建設において風力発電など再生可能エネルギーが入ってくると予備力が別途必要になる(系統運用は風力発電の出力変化を事前に予測し、瞬時予備力を準備し、電力系統を円滑に運営する必要があるためである)。現在の再生可能エネルギー法では未だ明らかになっていないが、この送電線建設費用分担を誰がどこまで担うべきかという問題について検討する必要がある。停電や工事対応におけるユーザーへの決め細やかなサービスについては、もし発送配電分離がなされても地域配電会社という形で地域独占が維持されるだろうから、問題にはならないだろう。

  これまでの日本においてはその経済発展から電力の需要増が著しく、今後電力設備を大幅に増加させる必要があったために、発送配電間の投資上の調整を行う上で垂直統合体制が機能した。しかしながら、需要の伸びが見込まれない現時点においては発送配電分離を行い、原子力発電、地熱発電をベース電源として活用しつつも、火力、水力の一部においてはより競争を導入するべきである。

3.2 地域分割をやめるべきか?
 地域分割を行うかどうかの本質的な問題は、送電設備の地域間の連系線の建設と小売り事業者のサービスの問題になる。地域を大括りにし、地域間の連系線を増強したより大きなオープンの送電網を作ったほうが、再生可能エネルギーを導入しやすくなる。特に大規模風力やメガソーラーなど、不安定な出力、周波数変動を起こす再生可能エネルギーに対する調整機能が大きくなり、より大きな容量を導入できることになる。スペインの送電会社REEの運営する「再生可能エネルギー中央制御センター」の例では全国の自然エネルギー由来の発電量を予測するシステムの全国運用を行っている。現在の地域分割の状態でもこのシステムの運用は実施可能であるが、システムへの投資コストやオペレーションコストの観点では、電力会社数に対応した10のシステムを作るより、1つを全国で運用したほうが効率的である。

  地域を超えた発電グループができれば発電分野では規模の経済が働き、化石燃料の調達がしやすくなる。現在でも会社間連携である程度対応可ではあるが、現在の電力業界ではほとんどないのではないだろうか。また、電源の技術開発も、最先端でリスクのあるR&Dは電中研などが中心に行うが、それでも事業会社として大規模化していたほうが、研究から建設の動きは一体として進めやすいであろう。

3.3 全面小売自由化を行うべきか?
 小売自由化のメリットは競争による小売電力価格が低下することである。デメリットはスマートメーターの設置、ロードプロファイリングなど移行のためのコストがかかるということである。全面小売自由化になると、自らの契約している小売供給会社が、自分の住まいの近くにないということがあるかもしれないが、これは営業面のサービス(契約、料金等)、電話やWEBで対応できる。例えば、以前町々にあった電電公社の営業所や支店がなくなっても現在はほとんど支障がなくなっている。

  最大の問題は、とりもなおさず日本のエネルギー政策、とりわけ原子力発電をどう国策の中で位置づけるか、ということに直結する。小売自由化になると、ユーザーは小売供給事業者を通じて電源を選べるようになるため、電力供給業者にとっては、長期のリスクのある発電投資をしにくくなる。こうしたことから、脱原子力により原発が減少して行けば、小売自由化は徐々に達成させられることになる。スマートメーターの普及と合わせて、需要家にピークカットを促す電力料金制度も小売り自由化になればより有効に働くだろう。

4 .電力構造改革試案

 これら状況を受けて、日本の電力事業再編は3段階に分けて考えたい。

4.1 第1段階
 第1段階(図1)では、東京電力のみを原子力、原子力以外の発電、送電、配電にわけ、さらに、賠償対応を行う負債管理会社に分離する。東京電力の原子力設備、及び送変電設備は国有化する。また発電設備のうち、汽力設備は民間事業者に売却する。水力設備は農業用水などの権利調整も含むため現状維持とする。東電の平成23年度3月末の帳簿価額で汽力発電設備は9461億円である。簿価、もしくは予想価値以上でこれらの施設を民間に売却し、現金を東電が得ることができれば現状で判明している分に加え、今後最大限予想される賠償金の一部に充てることができる。原子力は今回の福島の事故でも明らかになったように、その事業リスクを考えると民間の株式上場している企業が抱えるのは難しい。送変電設備は合計で2.94兆円で、この部分は国が買い取る。

  その上でフィリピン国においてTransco(国営送電会社)が送電資産の所有権を有するが、「送電事業権」(設備の維持管理・拡張及び資金調達等)のコンセッション契約(25年)による運営権を中国の国家送電網に受け渡したケースを踏襲し、随意契約で、運営権(コンセッション)だけ東電が買い戻すということもあるだろう(この差を賠償金の一部に充てる)。また、この段階でも東京電力、東北電力、北海道電力間の連系容量を拡大する。現在、発表されていないが日本海側ルートとして東北電力―北陸電力間の周波数変換も非常用として必要であろう。配電部門は現状維持とする。

  地方分散型ネットワークは、現状では特定電気事業者→特定地点の需要家で電力会社の送配電線を利用しない事業であるが、実績は少ない。しかしながら、今後は電気事業法も改正され規制が緩和されるようであるので将来的には小水力、太陽光、バイオマス、地熱などの再生可能エネルギーを核にした面的な広がりのある「スマートコミュニティ」を各地域に増やす必要があろう。

  競争的発電市場を狙った日本卸電力取引所(JEPX)における取引比率は現状、極めて低く、取引量の拡大も図るべきであろう。東日本ではその今回の事故により電力の供給減が著しく、今後電力設備を大幅に増加させる必要があるため、これに配慮した制度設計はこの段階でも求められる。

  セクター改革における独立規制機関の役割は非常に重要で、改革の成否の行方は独立規制機関がいかに効果的に責務を実施できるかにかかっている。電力セクターが発・送・配電に分割されること、及び民間発電業者を含むステイクホルダーの増加により規制機関の役割は大幅に増加することになる。市場リスクの最小化には、市場の透明性・ガバナンスの確保が欠かせない。米国等で起こった送電混雑管理の悪用など市場操作などに抗しうる市場監視のためにもキャパシティビルディングが必要となろう。

  2011年9月原子力安全保安院を経済産業省から切り離し、原子力安全に関する内閣府、文科省、国土交通省の業務を一元化した上で環境省の外局として、原子力安全庁(仮称)を置くことになった。しかしながら政府から完全に独立したわけではなく、他国における電力規制機関のような人事上、財務上の独立が保たれているわけではない。この面からも発送電分離の際には、規制機関の行政当局からの独立性が担保される必要があろう。

  また、卸電力取引市場の活性化では日本卸電力取引所(JEPX)は私設任意であるが、これの法定化やIPP、公営水力などと一般事業者が結んでいる長期電力売買契約(PPA)の一部を取引所取引に切り出す案も政府内では出ているとのことであるが、卸電力取引所にはより厚みが必要であり、小売供給業者が供給先として信頼できるだけの供給力を持つべきである。またこれが価格インディケーターとなり投資を促進することになる。こうした活性化に加えて、取引所を通した電源の低炭素化も必要であろう。英国において2010年9月に発表された「卸電力市場改革(EMR)」では卸電力市場にCCSなどの低炭素電源を導入するインセンティブとして「新規火力発電所容量の年間CO2排出基準の設定」等が盛り込まれている。

4.2 第2段階
 第1段階が原発処理を中心とした「守り」の展開であるのに対し、第2段階は、日本電力産業の海外展開も含めた「攻め」のフェーズである。第2段階(図2)では既に再編の終わった東電以外の8電力会社においても、発・送・配電の分離、原子力発電の国による一本化を行う。全電力会社(東電と電源開発を除く)で、汽力設備、及び大規模多目的水力以外の水力発電設備を民間に売却するか、電力会社間でグループ化する。グループ化するのは燃料調達の際の交渉力を強化すること、研究開発投資の効率化を図ることなどのためである。発・送・配電分離の際、供給責任が問題になるが、これは国有となった原子力と多目的大規模水力発電所と共に地熱発電をベース電源の中核として確保する。あくまでの原子力と地熱は国家の強力推進の許に進める。

  送電部門は、東電以外の送変電設備を各電力会社から買い取り国有化し、最終的には東西合わせて一体化する。連系線のように複数の会社が関与する設備投資はこれまでの縦割りの分割された事業体制においては合意形成が難しかったが、一社になれば、この問題も解決するであろう。安定供給のために必要な送電設備であれば国の責任で設備投資を行う。これらにより現在高いとされる託送料金を下げることもできるであろう。配電会社は特に発電会社の新規設備投資を受ける重要な相対取引の電力引き受け先になるため、地域独占を認め、強固な財務体質を持つものとする。他方で、過疎地などへのユニバーサルサービスも義務付ける。全面的な小売自由化は供給力が不足する中、需要の不確定要因を作り、発電投資の妨げになる恐れがあるため、特に東日本、中部地域では、需給状況を見て順次開放していく。

4.3 第3段階
 第3段階は、電力構造改革の最終ステージとなる(図3)。この段階では東西SOは一本化され、周波数もどちらかに一本化される。この段階における特徴は1)卸売プール市場の厚みが増し、小売業者(特定規模電気事業者)が卸売市場を供給元として位置付けることができること。2)消費者が電源を選択できるようになっており、小売業者を通じて指定した電源から電力を購入できること。その前提としてスマートメーターが完全に普及していることである。

  この段階では発電・送電設備投資インセンティブの付与も必要になる。南米で導入されているような設備容量(kW)の価値に対して正当な報酬が保証されるキャパシティ・ペイメント制度が既に導入されており、PJM(Pennsylvania-New Jersey-Maryland)等では、小売供給事業者に対する容量確保義務と調達予備力を売買する容量クレジット市場がある。送電投資のインセンティブについては、市場メカニズムにだけ送電投資促進の期待をしても、送電混雑が発生する箇所にだけ投資がなされる結果となる懸念があるため、系統全体を安定化させるには政府、SOによる送電拡充計画及び、投資の回収を民間業者に保証するインセンティブづくりが必要となる。

  また、離島や遠隔地などの電化も課題であろう。垂直統合・独占事業体の下では、地方電化も全国一律料金のもとでの相互補助により進められてきたが、配電が分離されると、収益に合わない離島や遠隔地への供給のインセンティブがなくなる。このため、フィリピンにおけるユニバーサルチャージのような、国民から広く薄く取り、地方電化に充当する体制の構築が必要であろう。日本でもユニバーサルサービスは通信で導入されており、全ての需要家(事業者)から1契約あたり、7円/月 程度を回収し、NTT東西の事業を補填している。

5 .最後に

 最後に急速な脱原子力、化石燃料の焚き増し、再生可能エネルギーの開発遅れというシナリオにより、CO2排出で国際公約も果たせず、高く不安定な電力供給により産業も海外に出ていき、サービス産業と観光だけになった国に、少子化になったとはいえ1億の人口を養うことはできないであろう。他方で電気自動車など新産業を興し、世界の中で一定の存在感を持ち続けるには、既存水力や地熱発電の更なる開発等、国内で可能な限りの新エネルギーを活用し、産業を国内に残すと共に既存原子力の高度化、安全化を含む早期のエネルギー基本政策の立案が求められる。なによりも、東京電力をはじめとする日本電力産業には、リストラよりも国内はもとより成長著しい海外市場で稼いでもらいたい。今回の不幸な事故を契機としてこれらを後押しする積極的な電力産業再編を期待したい。

注:本稿は長山浩章(2011)「日本電力産業の明日―電力事業再編と海外展開の提案『世界経済評論』2011年9月号の一部を最新の状況に合わせ大幅に修正した部分を使用しています。


図1 日本の電力再編後の体制イメージ(第1段階:東電再編)
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図2 日本の電力再編後の体制イメージ(第2段階:本格再編)
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図3 日本の電力再編後の体制イメージ(第3段階:構造的再編)