高橋亀吉記念賞

佳作

三浦 清志 氏 (経営コンサルタント)         

「社会保障分野を成長エンジンにするための戦略文化改革」

1.成長戦略の総括と“戦略文化”の欠如

 近年の日本の停滞や、社会を覆う閉塞感の根本原因を効果的な成長戦略の不在に帰着させる意見は多い。しかし、過去10年だけを振り返ってみても、「成長戦略」と名のつくものは数多く打ち出されてきており、むしろ、乱造されてきたというのが実際であろう【1】 。ならば、これらの戦略の多くが結果的に効果的でなかった理由は何であったのだろうか。

 和を大切にする国民性の故であろうか、日本は過去の失敗を体系的、組織的に総括するというのが苦手なようである。敗戦についても、バブル崩壊についても、現在の「失われた20年」についても公式な総括が日本人自らの手で行われ、広く議論されることはなかった 。【2】そういった体系的で意味のある総括を行い、新たな方向に向けて踏み出す絶好の機会であったはずの昨年の政権交代に際しても、かかる総括が行われなかったことが残念でならない。本来であれば、「小泉構造改革が格差を広げた」、あるいは「自民党政治は官僚依存であった」などの大雑把な議論ではなく、過去の経済政策の細かい点検が期待されるところである。

 前述のとおり本稿は日本に成長戦略のアイデア自体が不足しているとは考えない。むしろ、国民が納得するようなストーリー、国民の間の難しい利害対立の調整、戦略が実行される仕組みを作りきれなかったことに過去20年の敗因が潜んでいると考える。誤解を恐れずに言うならば、戦略の周辺に存在し、戦略を力あるものにするのに必須の“戦略文化”の欠如に問題の核心があるのではないだろうか。

 “文化”という言葉はむやみに使われるべきものではもちろんない。なんらかの事象を文化を通じて説明することでその他の因果関係の検討を放棄することにもなりかねないし、日本の文化といったときに、どこまでがある特定の集団、ある特定の時代を背景とした文化であるかを慎重に検討しなければならないからだ。とはいえ、個別の失敗に共通するメカニズムが、その集団が有する基本的な考え方のパターンにまでさかのぼって初めて明らかになることは民間企業においてもよくあることである。“文化”そのものに対処せず、同じ失敗を繰り返す愚を犯さないためにも、文化を正面から取り上げたい。中でも、日本の戦略文化の欠如が具体的に現れている三つの要素、すなわち、\鑪の哲学、∪鑪の優先順位、そして、戦略のガバナンスのそれぞれの不明確さ、不十分さについて取り上げたい。なぜなら、近年の成長戦略の多くはこれらのいずれかが決定的に不足していると考えるからである。現政権が2010年6月に発表し、残念ながら私には失敗しつつあるように見える「新成長戦略」の評価という形で論を進めたい。

2.成長戦略に不可欠な哲学、優先順位、ガバナンス

2-1. 戦略の哲学 

 戦略の哲学とは、何故その戦略が必要であり、その戦略を通じて我々はどこに向かい、どうしてその戦略に勝算があるのかを語るストーリーである。現政権が最も強烈に打ち出した点は「強い経済、強い財政、強い社会保障」ということであろう 。【3】当たり前のことであるが、経済、財政、社会保障は相互に連関がある。この連関は、あちらを立てればこちらが立たずというトレードオフの関係にあることもあれば、互いに相乗効果を発揮することもある。経済、財政、社会保障をともに強くすることが、「戦略」だとするならば、これらの相乗効果を発揮するような好循環を作り出す仕組みを整えていくことが鍵とならなければならない。

 そんなことは可能なのか、という半信半疑の気持ちとともに、国民の多くがこのストーリーに期待したのではないだろうか。政府支出の最大の部分を占め、高齢化する人口構成のもとで成長性があり、国民のニーズも強い同分野に着目するのは時代認識にもあっている。筆者も、この基本的考え方は正しいと考え、その中身に期待した。ところが、現政権が実際に採用している政策は、自らが提唱した基本的考え方に則っておらず賛成できない。さらに言えば、政権幹部の多くはこの基本的考え方の本当の意味合いを理解していない、もしくは都合よく解釈していると感じる。

 経済、財政、社会保障の連立方程式を解く鍵は、シンプルである。社会保障が民間の産業として花開くことである。つまり、社会保障が民間主体(もちろんその中心は民間経済の主要な担い手である株式会社)によって担われ、政府(財政)の負担によらずに収益を上げることで、多くの雇用を生んで経済を支え、最終的には税収という形で財政に貢献することである。それは、医療であれば、いわゆる自由診療を通じて高付加価値サービスが提供され、その対価を個人が負担(公的負担ではなく)することであり、介護や保育であれば、民間が自由に参入し市場価格でサービスを提供することであり、年金であれば、民間主体によって担われる部分が増加することである。GDPに占める社会保障比率は高まるが、政府予算に占める比率は高めないという考え方である。反対に、社会保障が政府による手厚い保護という形をとる場合には、直接的な財政の圧迫要因になるばかりでなく、国民のニーズに合った高付加価値サービスは提供されず、消費も増えず、生産性も低いままなので経済成長にもつながらない。

 少し考えればわかることであるが、介護の分野で雇用を伸ばしても、その大部分が税金によって賄われているとすれば、それは産業ではなく、公共事業の一形態でしかない。しかも、それはインフラへの投資として将来にわたって便益を提供するのではなく、その場で消費されるので、経済と財政と社会保障の矛盾を中長期的に拡大させることになる。むしろ、公的年金の税負担を高め、社会保障費の自然増を放置し、社会保障分野への民間主体の自由参入及びイコール・フッティングを認めない現在の政策は、中長期的には経済、財政、社会保障の質を相互に低下させる悪循環に向かわせるものである。欧州諸国の多くが危機感を募らせるような財政と経済と社会保障の同時崩壊は対岸の火事ではないし、ある日突然噴出したように思えるマグマは長い年月を経て蓄積されるものなのである。現代経済学はマグマが噴出するタイミングを合理的に予想できないかもしれないが、マグマの蓄積自体を否定する者はいまい。今こそ、「大きな政府」の誘惑を改め、政府はあくまで社会保障のナショナル・ミニマムを支えることに集中し、民間主体によるきめ細かい、高付加価値・高効率のサービス提供と、個人の価値観に基づくサービス消費という新たな社会保障像への哲学の転換が求められている。

2-2. 戦略の優先順位 

 次に、戦略の優先順位であるが、極論すれば戦略とは優先順位をつけることに他ならない。的確に優先順位をつけるためには、戦略の目標達成に対する貢献度が明確にされ、その重要度に応じて資金/人材などの資源配分が行われ、その効果が定量的に把握され、ダイナミックに管理されなければならない。現政権が発表した成長戦略は残念ながら、多くの点でこれらの要素を満たしていないのだが、とにかく少しでも改善させるには、まず、戦略の各要素について徹底して定量化を進めることが鍵であろう。

 そもそもの問題として、成長戦略は各省庁からあがってきた政策をホッチキス止めしたものというのが実態かもしれないが、このままでは、これまでの成長戦略百花繚乱ともいうべき混乱を繰り返すばかりである。現行の重点領域候補リストを真正の戦略にするためには、まず、各施策の戦略目標に対する貢献度を定量化すべきである。すなわち、GDP成長率の目標として掲げている名目3%、実質2%の成長目標へのインパクトを定量化するのである。GDPでなく、雇用、賃金、輸出などを目標にするにしても定量化の必要性は同様であり、定量化して初めて優先順位を語れるのである。定量化しなければ進捗を管理できず、失敗も成功も論じられない。

 優先順位をつける巧拙において日本には改善余地が大きいように思えるが、それも日本の“戦略文化”の大きな特徴であろう。特に、現在の社会経済システムの多くが右肩上がりの高度経済成長下で完成し、日本のリーダーの多くがそのような時代背景で育ってきたことが影響しているとする識者も多い。パイが拡大する中でパイを分ける作業はそれほど苦痛を伴わないため、優先順位をつけ、その結果と向き合う訓練が十分でないということであろう。高度経済成長期とは異なり、現在の重要な政策のほとんどは、国民各層の中に勝者と敗者、受益者と負担者を作り出す。この傾向は、現政権が成長戦略の中心にすえようとしている社会保障の分野で特に顕著である。

 戦略の優先順位について語るときには、何をやるかと同じくらい何をやらないかが重要である。多くの戦略的に優れているとされる民間企業が新規事業に挑戦すると同時に、不採算事業やもはや競争優位を発揮できなくなった事業を切り離す所以である。政府の戦略には、不採算事業の切り離しという性質はなじまない面もあり、民間の戦略と政府の戦略の性質の差を意識すべきことはもちろんである。特に、政府の戦略には必ずしもリソースを必要としないということが最も重要である。つまり、政府は民間企業と異なり、経済のルール変更を通じて経済の活性化や効率化に貢献できるが、このような施策にはほとんどお金がかからないということである。規制緩和が成長戦略の一丁目一番地であるべき所以である。

 また、成長戦略に付されたいわゆる工程表であるが、民間企業で実際に戦略立案、実行にかかわったことのある方であれば、実際に実行するにはあまりに抽象的で迫力が足りないと感じるようなものである。ここでも、問題の根本は定量化の欠如である。向かうべき目標や達成する時期がはっきりしないのに、その詳細をつめろと言われても不可能であるので、官僚の責任ばかりを追及しても気の毒ではあるのだが。“定量化(Measure)できないものは管理(Manage)できない”との金言のとおり、現在の戦略、工程表はまずこの観点から見直すべきである。

2-3. 戦略の優先順位 

 最後に戦略のガバナンスであるが、この点はこれまでの成長戦略の最大の弱点かもしれない。戦略の実行を担保するガバナンスには、責任者が明確にされ、目標達成に向けた進捗を管理され、その結果如何によって評価されることが重要である。戦略実行に当たって必ず生じる問題の処理や戦略目標間の矛盾やトレードオフを管理し、施策を前に進めていくパワーである。近年では、小泉政権下の経済財政諮問会議がこのガバナンスの役割を果たし、比較的うまくいっていた時期もあったが、現政権で類似の役割を期待される国家戦略室の失速は残念である。政権交代の高揚感と、日本の縦割り行政の閉塞感を打ち破る制度として、有為の若手・中堅官僚や改革の志を持つ民間有識者の期待と参加を集めたにもかかわらず、結局は、改革の司令塔にも、エンジンにも、潤滑油にも、監視役にもなっていない。今後も必ず重要になってくる同様のメカニズムの期待感を下げたことは、これまでの戦略の失敗と比しても罪が重い。

 また、日本の戦略には実行の責任者が明確でないことがままある。政府の戦略においてはこの傾向が特に顕著であり、戦略を立案したリーダーがその結果に責任を負うという姿をほとんど見た記憶がない。多くのリーダーは、前任者や前々任者の戦略を引き継ぎ、その結果に責任を感じないばかりか、総括なしに似たような新戦略策定に精を出すのである。日本の大臣の短任期は従来から問題視されているところであるが、本来は、戦略の立案から実行までの意味のある期間(例えば3−5年)を一人の大臣が務めるべきであろう。例外的に途中交代を余儀なくされた場合においても、既存の戦略の目標が共有され、その達成に責任を持てる人材のみが任命されるべきであろう 。【4】 

 人材に関しては、国家戦略室をはじめとする政府における民間人材についても十分なガバナンス機能を発揮する上で疑問が残る。日本という国は昔から海外の先進的な事例を取り入れ、日本化することに優れた能力を発揮してきた。明治政府が各界の世界の第一人者を「お雇い外国人」として活用したことは殊に有名だが、日本人はいつから世界の第一人者のアドバイスを聞かなくなったのだろうか。政府に集まる人材は、社会保障戦略の、環境技術戦略の、少子高齢化対策の世界の第一人者であると言えるだろうか。

 現在の政治情勢を見ていると国家戦略室が直ちに戦略の司令塔となることは難しそうである。とすれば、せめて過去の戦略の総括からはじめてはどうだろう。現在の経済、財政、社会保障が三つ巴で相互に痛んでしまった原因はどこにあり、どんな展望があるのかについて体系的にまとめ、世の中に氾濫する暴論に反論することは大変意義深い作業であると考える。

3.新たな“戦略文化”構築―社会保障分野を成長エンジンに 

 これまで述べてきたとおり、日本の成長戦略にもっとも欠けているのは、戦略そのものの周辺に存在する戦略文化に支えられた戦略の哲学であり、優先順位であり、ガバナンスである。「強い経済、強い財政、強い社会保障」というフレーズには今日の時代状況に合った成長戦略のエッセンスが含まれていると考えるが、そのエッセンスを一つの戦略にまで高め、戦略を支える戦略文化そのものを強化・改善していくためにはどのようなことが求められるのであろうか。もちろん、日本の成長戦略においては、社会保障関連分野以外にも複数の重要な柱が存在する。クリーンテック、インフラ、ヘルスケアなどの成長分野への注力、BRICsやアジア市場への一層の浸透、農業・運輸・観光など国内産業の規制緩和を通じた生産性改善などのおなじみのテーマが並ぶわけだが、このようなただの羅列には意味がなかろう。社会保障を成長エンジンとするという題材を例に、いかに日本の戦略文化を強化できるかに焦点を絞って論じたい。

 戦略の哲学を語る上では、当該分野の基本的構造を冷徹に分析し、先入観や希望的観測なしに理解しなければならない。社会保障分野は一部の専門家や実務者以外には極めて分かりにくい分野であるだけでなく、長らく専門家の間の議論が細かい制度論に偏っていたためにその全体像を捕らえることが難しい分野である【5】。戦略の哲学を構築する上で重要な点をいくつか上げると、ー匆駟歉稱野を財源規模で見た場合9割以上は医療、年金、介護が占めていること(図1)、⊆匆駟歉磴離機璽咼皇鷆,砲かる負担と給付(税金、保険料、自己負担分の総体)を比較すると大幅な“財源ギャップ”が生じており、そのギャップは拡大傾向にあること(図2)が重要である。つまり、「社会保障分野をいかに成長エンジンにするか」ということは、より正しくは、「医療、年金、介護の分野における負担と給付の財源ギャップを埋めながら、同分野をいかに経済成長に貢献させるか」と言い換えることができるのである。

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図1

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図2

 この考え方は、これまでの社会保障分野の議論からは大きな発想の転換を要求する。つまり、国民が社会保障に対してより多くの支出を行い、社会保障分野のサービス提供がより多く行われ、社会保障分野のサービス提供者の生産性が改善することに期待するということである。政府の施策としてではなく、イコール・フッティングの考え方に基づく公平な競争環境の下で、民間主体の創意工夫により多様なサービスが提供されるであろう。それは、より先端のカスタムメイド医療であり、より洗練された高付加価値の年金運用であり、よりゆとりのある高齢者住宅がリーズナブルに提供されることであろう。経済成長へのインパクトということで行けば、国民医療負担で見て日本は依然として諸外国と比較して低い水準にあり、GDP比で、独仏と比較すると約2-3%分、米国と比較すると約8%分ほど上昇ポテンシャルがあるはずである【6】 。もちろん、これらの支出は他分野の支出を代替して行われる場合もあるのでGDPの純増ということにはならないであろうが、いずれにせよ、「負担」として捉える考え方を転換することで、まったく違う世界が広がってくるのである。

 戦略の優先順位を考える上で非常に重要なことは、社会保障分野の改革の根深さは、国民の負担増、利用者の負担増、サービス提供者の生産性改善の各レバーをすべて改善しなければならないということである。定量的な議論を避ける傾向にある識者の一部には、何か一つ魔法のような施策を行えば問題が解決するかのような無責任な言い方をする場合もあるが、これは正しくない。仮に、消費税増税という一つの施策でこの財源ギャップを埋めようとした場合、消費税率を約35%にする必要が生じる(図3)。消費税を社会保障目的に活用しようという識者もこのような北欧諸国を上回るような苛酷な税水準を想定している方は少ないであろう。また、施策の定量的なインパクトについても、経済成長、財源ギャップ双方にダイレクトなインパクトのある、社会保障分野の生産性改善や年金運用の改善の他に、より間接的なインパクトがある施策についても別個に捉えなければなるまい(図4)

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図3

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図4

 戦略のガバナンスにおいて、社会保障分野は各国ともに苦労する難題であることは間違いない。個別の政党など単一の政治勢力が国民の十分なマンデートの下で改革に取り組めないような場合には何らかの超党派の仕組み構築が不可欠であろう。以上に述べたように日本の社会保障改革は一つのイデオロギーに基づいて一つの施策を展開して解決できるほど生易しくない。このような難題であるからこそかえって超党派の協議機関とそれを責任を持って実行していく体制を構築できないだろうか。実際の協議を行うに際して、世界の第一人者を招いて検討するとともに、実行に際しては合意された目標達成に責任を持つ人材に担わせることはもちろんである。

 昨年の政権交代以来、民主党内、自民党内双方における混乱のせいもあって、政界再編への期待が高まっている。政界再編の軸となりうる争点について、かつては、左右のイデオロギー対立を背景に、米国との間合いや外交安全保障分野の基本的考え方や、あるいは、経済分野において生産と分配のどちらを相対的に重視するかという点が重要であった。現在は、世界的にも、日本においても、このような古い意味での左右対立はますますわかりにくくなっている。むしろ、今後重要な軸となるのは、本稿で取り上げた社会保障分野の厳しい現状に真摯に向き合い、同分野を成長につなげるための柔軟な発想を持ち、日本の戦略文化の弱点に果敢に挑戦するか否かということであろう。与野党を問わず、現在の我が国のリーダー達がそのような勇気ある決断を行うことを願うばかりである。

脚注

  • [1]:2006年6月に経済産業省がまとめた「新経済成長戦略」、2008年1月に経団連がまとめた「成長創造―躍動の10年へ」など多数。(本文へ)
  • [2]:日本の状況と対比して諸外国は体系的に総括を行う体制が充実している。例えば、米国では9.11テロに関する報告者を立法府による行政府監視権能の一つとしてまとめている他、英国ではフォークランド紛争に関し権威ある歴史家に政府の機密文書を閲覧させつつ総括を依頼している。(本文へ)
  • [3]:2010年6月の間総理の就任会見への発言 (本文へ)
  • [4]:戦略の実行力に定評のあるサムスンの幹部人事では目標達成にコミットできる者だけが任命されるというが、日本の状況と好対照を成している。(本文へ)
  • [5]:鈴木亘『社会保障の不都合な真実―子育て、医療、年金を経済学で考える』、日本経済新聞社、2010年、前書きより。(本文へ)
  • [6]:OECD Health Data 2010.(本文へ)

参考文献一覧

  • 石弘光、『税制改革の渦中にあって』、岩波書店、2008年
  • 井堀利宏、『誰から取り、誰に与えるか―格差と再分配の政治経済学』、東洋経済新報社、2009年
  • 大田弘子、『経済財政諮問会議の戦い』、東洋経済新報社、2006年
  • 大田弘子、『改革逆走』、日本経済新聞出版社、2010年
  • 小川一夫、『「失われた10年」の真実―実体経済と金融システムの相克』、東洋経済新報社、2009年
  • 片岡剛士、『日本の「失われた20年」―デフレを超える経済政策に向けて』、藤原書店、2010年
  • 小峰隆夫、『政権交代の経済学』日経BP社、2010年
  • シャピロ・ロバート・J、『2020-10年後の世界新秩序を予測する』光文社、2010年
  • 鈴木亘、『社会保障の不都合な真実―子育て・医療・年金を経済学で考える』、日本経済新聞社、2010年
  • 高橋洋一、『日本経済「一人負け!」』、KKベストセラーズ、2010年
  • 田中隆之、『「失われた15年」と金融政策―日銀は何を行い何を行わなかったか』、日本経済新聞社、2008年
  • 日本経済新聞社編、『されど成長』、日本経済新聞社、2008年
  • 野口悠紀雄、『日本を破滅から救うための経済学―再活性化に向けて、いまなすべきこと』、ダイヤモンド社、2010年
  • 八代尚宏、『労働市場改革の経済学−正社員「保護主義」の終わり』、東洋経済新報社、2009年
  • 横山禎徳、『「豊かなる衰退」と日本の戦略』、ダイヤモンド社、2003年
  • ラトゥーシュ・セルジュ、『経済発展なき社会発展は可能か―脱成長とポスト開発主義の経済学』、作品者、2010年