環境報告書賞 サステナビリティ報告書賞

秋山をね(インテグレックス代表取締役社長)

 社会経済環境の激変の中、CSRの意味するところも大きく変わり、CSRの「S」は、ステークホルダーへの対応の「Social」の「S」から、気候変動への対応や持続可能な社会の維持という視点での「Sustainability」の「S」になってきています。
 そういう変化の中、本年は、現在だけでなく未来の社会の課題を洗い出し、その解決に事業活動で貢献するという目的でCSRの取り組み課題を先進的に取り上げた企業の報告書が目を引きました。
 今後は、「企業自身が持続するための社会への責任」ではなく、「社会が持続可能であるための企業のあるべき姿」がますます問われることとなります。CSRの「R」は、責任や義務といった「Responsibility」の「R」から、企業のあるべき姿の尊重や理想の未来社会の追求(未来への配慮)という意味で、「Respect」の「R」へと変わっていくべきであり、未来の社会への夢とコミットメントにあふれたサステナビリティ報告書の登場を期待します。

足達英一郎(日本総合研究所主席研究員 ESGリサーチセンター長)

 審査で、高い評価を得たサステナビリティ報告書には、3つの共通した特徴があった。第一は、「多様な声」の取り込みである。外部ステークホルダーにせよ従業員にせよ、多くの人が登場している報告書が上位に来た。第二は、「グローバルシフト」の反映である。調達、生産、販売のすべての局面で日本企業の海外との結びつきは、一層強まっている。CSR活動においても、世界視点でこれを捉えられるかが鍵となっている。第三は「グループ経営」としての統合である。社内カンパニー、関連子会社、多様な業態展開と企業組織は多層性を増している。このなかで、いかに情報を統合し、適切な統制力を行使し、しかもわかり易くプレゼンテーションできるかが巧拙を分けている。いずれにせよ、「金融・経済危機がCSRを霧散霧消させてしまうのでは」という懸念は杞憂に過ぎないことを確信させるに十分な力作が揃っていた。CSRは導入期から定着期に確実に進化を遂げているように見える。

上妻義直(上智大学経済学部教授)

 今年の特徴は報告書の作り方に各社の個性が強く表れたことだろう。ひと頃の横並び意識から解き放たれて、わが国における報告書の作成実務は新たな発展段階に入ったように思われる。また、これまではあまり特徴のなかった企業の報告書が、たった1年で見違えるように洗練されてきた事例があったことも、印象の残った特徴の一つである。確かに、わが国のサステナビリティ報告書は着実に進化している。
 ただ、報告書の読者は誰なのかという判断において、各社の対応はかなり異なっているように見える。一般の読者を意識するあまり、これはサステナビリティ報告書なのか、それとも会社案内なのかと迷うような事例も見受けられた。WEB情報はあくまでも報告書の補完・補足情報なのであって、それ自体に重要な情報をほとんど移してしまうことには問題があるように思う。WEBでの情報開示に何の指針もない現状では、報告書とWEBの情報の棲み分けに慎重な対応が必要ではないだろうか。

國部克彦(神戸大学大学院経営学研究科教授/グリーンリポーティングフォーラム代表)

 環境報告書やサステナビリティ報告書をめぐる課題のひとつに、冊子媒体とWEBをどのように融合的に活用するかという問題がある。詳細なデータをWEBで開示することは良いとしても、そのせいで冊子媒体が広報誌のようになってしまっては、アカウンタビリティの履行手段として十分ではない。また資源の保護と称してPDFだけで開示することも、情報媒体としての活用の容易さを考えれば、再考の余地があるだろう。
 重要なことは企業として、どのような媒体で、どのような情報を伝えるべきかの明確な指針を持つことである。データの羅列は一見すると意味が無いかもしれないが、透明性を高めるという効果もある。アカウンタビリティとは、情報ニーズがあるから説明するものではなく、企業が説明責任を意識して開示するところにその本義がある。WEBでの開示も、このアカウンタビリティの精神に則って開示していただくことを希望する。

後藤敏彦(サステナビリティ日本フォーラム代表理事)

 今回は審査員の事前の判断が結果的に似通っていたこともあり、選定は比較的スムースであった。
 筆者は以下のように考えている。
 まず、これまでの傾向とすこし違い、各社が独自色をだしてきていることである。それだけに、取り組みの内容が優れているところは報告書も光って見えるので意見が似通ったものと思う。
その取り組みも、前向きに将来を切り開いていこうという意欲的なのものが光って見えるのは当然で、そうした作品が評価されたと理解している。
 課題としては、上述の傾向は一面では好ましいものの、他方で比較容易性には問題を投げかけている。筆者はすべての指標項目に比較可能性が必要とは考えないが、例えば温暖化対応等については、報告の単位や報告バウンダリー等は比較可能であるべきと考えているが、工夫努力の必要があろう。
 また、社会性項目で、少しづつ改善はされてきているが、労働や人権に関する開示が貧弱なこともグローバル化の中では大きな弱点と思われる。

佐藤 泉(弁護士)

 CSR報告書が、企業のステークホルダーに対する説明責任を果たす重要な手段であり、同時に企業のCSR実践を継続的に向上する役割を果たすことが必要である。このためには、何よりも、分かりやすさと網羅性が必要である。そこで、各企業は、目次の工夫、図表の活用、ウエブ情報との併用など、さまざまな努力を行っている。受賞企業の報告書は、単に情報を開示するだけではなく、その情報がなぜ重要なのか、またCSR活動の経過及び将来の展望のなかでその情報がどう変化していくのかを、説明する姿勢が明示されていると思う。CSR報告書は、特に就職活動を行う学生達よく読まれているといわれているが、これは若い世代が企業の将来と自分の将来をだぶらせていることの現れであろう。CSR報告書を読んで入社した人たちは、すぐにCSR活動を実行し、報告書を作成する側になる。このようなサイクルが、CSR活動を企業活動全般に定着させ、さらに進歩させる活力になることを期待したい。

水尾順一(駿河台大学教授・経済研究所長)

 毎年、報告企業数が増えており、企業の関心が高まっていることがうかがえます。 2010年はISO26000がスタートする予定であり、欧米ではESG情報の開示要求も高まっており、BOPビジネスへの関心の高まりなどサステナビリティも世界的な注目を浴びています。
 このような背景を考えると環境とサステナビリティの報告は今後のCSR活動に戦略的にも重要な意味をもちます。
 こうした時代背景もあり、今年の報告書は極めてレベルが高いものと感じました。 特に、富士ゼロックスの取り組みは、定量的なCSR指標を確立することで、ステークホルダー単位での強み・弱みを掌握し、さらに時系列の変化も読み取ることができるものであり、サステナビリティ報告に新しい方向性を示したものとして極めて意義深いものであります。
 そのほか、多くの企業でマテリアリティの明示や、WEB版と相互補完しながらCSRマネジメントを戦略的に運用する先進的な取り組みがなされており、今後のレベルアップが期待できるものであります。

緑川芳樹(バルディーズ研究会共同議長)

 社会的課題に対応した重点活動を設定して

 CSRの基本部分として「企業は社会問題を起こさず、社会的課題を解決する」ということがあると考えます。解決を図るべき社会的課題は何かという認識はマテリアリティの中核を構成すべきですし、個々の社会的課題に対応する指標の設定や活動が求められます。
最優秀賞の「富士ゼロックス」の報告書は、個々の社会的課題の指標のそれぞれについて現状を単独・国内関連会社・海外関連会社に区分し、それぞれの実績と課題・目標を記述し、自社CSRの全体像を説明しています。優秀賞の「セブン&アイ・ホールディングス」は、社会が抱える問題をリストアップし、そのなかから自社の取り組む重点課題を抽出しており、優良賞の「NTTグループ」も社会とかかわる重点活動項目を設定しその策定プロセスを記載しています。各社ともそれぞれ指標の設定や開示情報の量など改善すべき課題はありますが、今後普及してほしいスタイルです。そのほかの各社もそれぞれに独自性を持ちつつCSR報告に立ち向かっているという認識を強めました。 

野津 滋(東洋経済新報社)

 CSRレポートなどサステナビリティ報告書のなかで、ここ数年で内容が大きく変わった領域として「従業員政策・人材活用」があげられるだろう。従業員も重要なステークホルダーとの認識が企業の中で深まりつつあることがうかがえる。
ここでの大きなテーマが「ダイバーシティ(人材の多様性)」である。女性社員の能力開発・登用が中心で企業における女性管理職比率は着実に上昇している。このほか、障害者・高齢者雇用、外国人社員の登用などへの取り組みも報告書での定番項目となりつつある。
 しかしその一方で、非正規雇用の問題を報告書で取り上げる企業はほとんどない。リーマン・ショック後の雇用調整とは、企業にとって、従業員にとって何だったのか。報告書は何も示していない。国際的にも貧弱とされる社会性項目の改善・拡充がこれからのサステナビリティ報告書に求められるだろう。